渡辺志桜里さん(右)横田晋平さん(左)
なでしこリーグ 1部優勝トロフィーとメダルは、2022年3月14日に完成披露されました。アマチュアの最高峰として2シーズン目を迎えるタイミングに、なでしこリーグの新しい想いが吹き込まれました。選手の個性が表現された斬新なデザインはどのように生まれたのでしょうか。
なでしこリーグ 1部優勝トロフィー制作者である渡辺志桜里さんは現代美術のアーティスト。横田晋平さんと二人三脚でトロフィーの制作を進めました。横田さんは各種プロダクトやインテリアの制作実務を得意としています。渡辺さんと横田さんは、横田さんが東京藝術大学に入学するための予備校に通っていた時代からの長い付き合いです。
渡辺さんは優勝トロフィーの制作を引き受けたものの、心の中には葛藤がありました。その理由は女性だから選ばれたことへの抵抗感と競争原理主義への懐疑。スポーツに関しても、競争を勝ち抜くようなマインドとは距離を保ちながら付き合うところがありました。
そんな渡辺さんから生まれたトロフィー・デザインのコンセプトワードが「Convivial(コンビビアル)」でした。ラテン語の convivere に由来し、con は「共に」、vivere は「生きる」、「共に生きる」を意味しています。渡辺さんは発想の背景を、このように話しました。
「なでしこリーグがアマチュアリーグだったことが、私にはすごく良かったです。多くの選手が仕事もしながら楽しんでプレーしている印象を受けます。
上野千鶴子さん(東京大学名誉教授)がN H Kの番組で『組織に半身で関わるのが正気の関わり方だと思う』と言われました。『半身で関わる』は真剣じゃないみたいな意味に捉えられがちですが、今の時代には重要なことだと思います。現代資本主義社会では勝ち負けが重要視され、結局行き着く先は1人の勝者しか残らない。一つに賭けて、それがダメになると全部がダメになってしまう。そこで『半身で関わる』ことによって逃げ場だったり自分の生きる場所を確保することができる。今現在、世界にそういった競争原理とは違う方向へシフトする動きがあることを感じます。
なでしこリーグは、勝つことだけではなくリーグの活動全体が盛り上がることが大事で『広く開かれた感じ』がします。スポーツだから競争することは重要で、競い合うことによって成長することが当然あると思うのですが、なでしこリーグは、上手くバランスが取れているんじゃないかなと。なでしこリーグから何か新しい価値観が生まれるんじゃないか......そういう話をしながらトロフィーの発想が生まれていきました」
渡辺志桜里さん
それをカタチにする横田さんは、渡辺さんの発想を「優勝という結果だけではなく、チームメイトと一緒に練習してきた期間の思い出も手にして持ち帰ることができるような感じ」と解釈しました。
プロリーグであるWEリーグが誕生し、なでしこリーグが独自の価値とポジションを確立していく必要性感じていた、なでしこリーグ専務理事の奥田泰久は「これから新しい時代に進んでいく中で、なでしこリーグの象徴となるデザインが生まれていく」と直感しました。ただ、渡辺さんの発想は奥田の想像範囲を遥かに超えていたのでした。
奥田泰久
2021年10月、C Gスケッチにまとめられたプランが奥田に披露されました。そこには、選手一人一人を表すメダルが集まって、勝利に向かって一つのトロフィーになるイメージが描かれていました。
「多様性を大切にしているリーグに寄り添ったコンセプトであることは間違いない。ただ、発想が斬新すぎて『本当にこれが受け入れられるだろうか』と躊躇しました」
実は、奥田からは、オリジナルのメダル制作を2人にオーダーしていなかったのです。
「このアイデアがなでしこリーグにフィットするのか確信がなく、不安な気持ちが渡辺さんと横田さんに伝わっていたと思いますよ」
メダルが集まりトロフィーになるイメージを描いたC Gスケッチ
なぜ、このようなアイデアが生まれたのでしょうか。横田さんは振り返ります。
「『トロフィーがなくなるのも面白いかもね』という話が渡辺さんからありました。僕は『勝利という形のないものを一つの形にして保持できるようにするのがトロフィー』だと認識していたのですが『トロフィーがバラバラになったら面白いじゃないか』みたいな話がそこから生まれました。SNSが普及し写真や動画も気軽に撮りやすい時代です。一連の流れを残すような動きがあるトロフィーを作ってはどうだろうと考えるようになっていきました」
横田晋平さん(左)
なでしこリーグのクラブは日本各地の代表でもあります。横田さんは、日本の伝統工芸に通じる素材を採用しました。土台には建物の壁に使われる珪藻土のような素材、メダルにはリボンではなく日本の伝統的な組紐を採用しました。参加するチームの力をシェアしあうことでリーグ戦が成立しているという意味を込めて、トロフィーを全チームのカラーの組紐で囲んでディスプレイする案も検討しました。
全チームのカラーの組紐で囲んだディスプレイ案
突起物や装飾物のないフラットなデザインからは強い権威よりも柔らかな優しさを感じます。メダルの内側には優勝の証と共に、中心にナデシコ科の様々な花が描かれ、メダルの形と柄の組み合わせは一つとして同じものがありません。デザイン案には、2022年1月の実行委員会、理事会で「今の時代に合っていて素晴らしい」「コンセプトが明快である」「なでしこリーグにふさわしい」という意見が相次ぎ、反対する人は誰もいませんでした。
優勝したスフィーダ世田谷FC
C Gスケッチを見たときの奥田の不安は杞憂に終わりました。なでしこリーグ 1部優勝トロフィーとメダルが完成し最初のシーズンの全日程を終え、迎えた2022プレナスなでしこリーグ表彰式で、優勝したスフィーダ世田谷FCの主将・野村智美選手が1部優勝トロフィーを胸に抱きスピーチを行いました。
「試合を重ねるごとに成長し、お互いを尊重し合える個性豊かなメンバーと、このチームにピッタリなトロフィーとメダルを勝ち取ることができ、誇りに思っています」
横田さんが時間をかけて表面を磨いたトロフィーとメダルが眩いライトに照らされて輝いていました。
渡辺さんは、この取り組みを通じて、スポーツの新しい一面に接しました。
「最近、『生きにくい社会』みたいな表現を聞くことが多くあります。そういう社会だからこそ今を生きる人にはオルタナティブ(新しい別の選択肢となるよう)なコミュニティが必要なのだと思います。『半身で関わる』の話にも近いのですが、アマチュアの女子サッカーリーグのようなコミュニティも生きてく術の一つなのではないかという、スポーツの持つ競技性とは別の役割に気づきました。今の時代にいくつも生まれたアート・コレクティブ(制作や生活を共有することで発想が活発化するアーティストの共同体)にも共通するところがあると思います。」
今シーズンも、また、日本のアマチュア女子サッカーの頂点を目指す戦いが全国各地で繰り広げられています。春から秋までのシーズンを通して、選手たちは競い合い、そして支え合い、地域や職場の皆さんと共にたくさんの経験をします。そんな、なでしこリーグの価値・意味合い・自分たちが目指す姿が、なでしこリーグ 1部優勝トロフィーとメダルには込められているのです。
渡辺志桜里
1984年東京都生まれ。2017年に東京藝術大学大学院を修了。全体性を主軸に、生物、無生物を問わず、その個に携わる身体の境界といったものに焦点を当てて制作。個展『ベベ』(WHITE HOUSE、東京)、『Nipponia nippon』(SYP GALLERY、東京)や、ワタリウム美術館主催の芸術祭『水の波紋展2021』にも参加。『遊園地都市の進化──スクワット作戦会議 in 渋谷』や『とうとうたらりたらりらたらりあがりららりとう』などの企画、キュレーションも行う。
横田晋平
1992年東京都生まれ。2018年に東京東京藝術大学大学院を修了。彫刻、プロダクト、インテリア、3DCG、デジタルファブリケーションなど、立体物に関わる広い専門性を提供しデザインから製作・施工までを一貫して行っている。また、東京藝術大学建築科では、テクニカルアドバイザーとして素材や加工、構造の知識を活かして学生指導にあたっている。