「祭り」が育むホームタウンの輪 スフィーダ世田谷FCが発信する地域密着のかたち
【地域とともに歩むクラブの「夏祭り」】
世田谷の真夏に、新しい風物詩が根づきつつある。2023年に始まった「スフィーダ大蔵まつり」は今年で3回目を迎え、地域の人々にとって親しみある"夏の祭り"として定着してきた。
会場は世田谷区立大蔵総合運動場陸上競技場。天然芝のフィールドと陸上用トラック、そして約2600席の観覧席を備えるこの競技場は、ふだんは陸上競技や学校行事、区民のスポーツ大会といった地域イベントに利用されているが、この日ばかりはスフィーダ世田谷FCと区民が一堂に会する場所へと様変わりする。
目玉はトップチームと世田谷区O-50選抜チームによるスペシャルマッチ。さらにブラインドサッカーやウォーキングフットボール、フットサルといった体験型プログラムが用意されている。グラウンドでは子どもが笑顔でボールを追い、大人たちが真剣な眼差しで汗を流し、クラブの法被をまとった選手たちがその様子を見守る。
競技場内には地元商店街の屋台が立ち並び、焼きそばや唐揚げを手にした親子連れが行き交う。サッカーと祭りを融合させることで、クラブと地域との距離が一気に縮まる。

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【なぜ「祭り」という形を選んだのか】
スフィーダ世田谷FC広報の小林舜氏は、クラブがこの企画を立ち上げた背景についてこう語る。
「私たちのビジョンは"スフィーダ(挑戦)を通じて、世田谷をもっと楽しくする"ことです。そして将来的に、世田谷区内でホームゲームを多く開催したいという目標があります。そのゴールから逆算し、大蔵総合運動場での試合開催を実現するために、まずは地域を巻き込むお祭りという形でスタートしました」
2023年の第1回には約2000人が来場し、今年は2500~3000人に達した。来場者数の増加が、世田谷の新しい「夏の祭り」として認知を広げ、クラブが地域に根を張っていく過程を物語っている。

地域イベントを「祭り」という形で始めた背景には、クラブが掲げる地域密着の明確な意図がある。小林氏は続ける。
「ホームゲームでも世田谷区内の商店街の方々に出店をお願いしています。大蔵まつりでも、20店舗が協力してくださいました。飲食や体験ブースを含め、地域の皆さんと一緒につくる"お祭り"です。こうした場がクラブの存在を知ってもらうきっかけになると感じています」
夕方から夜にかけての開催時間にも工夫がある。16時にスタートし、17時にはスペシャルマッチがキックオフ。18時からはグラウンドを開放し、スフィーダ世田谷FCの選手と子どもたちが一緒にボールを蹴る。サッカーを「観る」だけでなく「体験」し、「触れ合う」時間を設けることで、来場者がクラブを身近に感じられるように設計されている。
年を重ねるごとにプログラムは進化している。小林氏は「商店街の皆さんの参加が年々増え、出店数も伸びています」と語る。地域の力を借りてプログラムがスケールアップし、地域性が一層強まっている。

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【商店街との協働で広がる地域貢献と社会的価値】
クラブの活動を支えるもう一つの大きな存在が商店街だ。祖師谷みなみ商店街理事長の黒田康裕氏は、強い信念を持ってクラブとの協働を続けてきた。
「スフィーダ世田谷FCの名前は知っていても、ホームグラウンドが近くにないため、まだ"地元のクラブである"という空気感は十分に出せていないと感じます。商店街は全長2kmにわたっていますので、駅前の広場や通りを使ってイベントを開催したり、もっとスフィーダの色を出していきたいです」
祖師ヶ谷大蔵は円谷プロダクション誕生の地であることから「ウルトラマン商店街」として知られるが、黒田さんは"スフィーダの街"という顔ももっと見せていきたいと話す。
「商店街をドリブルで駆け抜けるイベントや、綱引き大会をやってもいい。地域の中で"親しみのあるクラブ"になってほしいです。世田谷のスポーツ振興を盛り上げ、最終的には大蔵総合運動場で公式戦を開催できるようにしたいですね」
地域側のビジョンも加わることで、クラブと街との関係性はさらに広がりを見せている。
大蔵まつりのもう一つの価値は、多様なサッカーの形を体験できる点にある。障がい者サッカーやウォーキングサッカーは、年齢や運動経験を問わず参加できる。黒田氏はその意義についても強調する。
「健康促進や平等性の観点からも、社会的な意義は大きい。サッカーの多様性を広げる取り組みは、地域貢献にもつながると思います」
スフィーダ世田谷FCが果たす役割は、東京都の女子サッカーを支えるクラブとして勝敗を競うだけではない。地域課題に寄り添い、コミュニティのハブとなる存在へと進化している。
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【地元に根ざしてプレーする喜び】
地域と交わる機会は、選手たちにとっても大きな意味を持つ。中学時代からスフィーダ一筋でプレーを続ける柏原美羽は、「スフィーダ大蔵まつり」を通じて地域とのつながりを実感している。
「初年度に比べてお客さんも増えて、体験会も賑やかになり、認知度が上がってきていると感じます。お祭りをきっかけにチームを知ってもらえたり、直接『頑張ってね』と声をかけてもらえたりするのは本当に力になります」
もっとも印象に残ったのは、スペシャルマッチ後の体験会だという。
「オーバー50の方々との試合の後、ブラインドサッカーやウォーキングサッカー、フットサルを一緒に体験しました。多くの子どもたちや大人たちと普段はできない触れ合いができて、とても良い時間でした」

地域の応援は、日常の中でも感じられる。2017年からスフィーダ世田谷FCをメインスポンサーとして支えるスーパーマーケット「サミット」は、選手の雇用面でもクラブを後押ししており、柏原自身も勤務先として関わっている。店内のスペースにはクラブの横断幕やポスターが掲示され、来店客の目を引く。
「他の店員の方が『うちの会社は女子サッカーを応援しているんです』とお客さんに伝えることもありますし、お客さんから『頑張ってね』と声をかけられる機会も多かったです」
商店街にも横断幕やポスターがあり、それを目にすることがモチベーションにもつながる。お祭りも、そうした地道な普及活動の中で地域に根を張りつつある。
「こうした活動を通じてスフィーダを知ってもらえるのは本当に有意義なことだと思います。お祭りに来てくれた子どもたちがお母さんやお父さんに『試合に行ってみようよ』と話してくれるのも嬉しいですね」
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【「地域のシンボル」への道】
3年間で進化を遂げてきた大蔵まつりは、いまも途上にある。小林氏は今後を見据える。
「地域との関係を地道に深めていきたいです。チームの成績はもちろん重要ですが、商店街や地域の皆さんと連携を重ね、いつか『大蔵総合運動場陸上競技場でスフィーダの試合を見たい』と思ってもらえるようにしたい。その声が自然と高まるような形を目指しています」
今季キャプテンとしてチームを牽引する柏原も、「お祭りを楽しんでいただきながら、応援の入り口を広げていきたいです」と継続への意欲を示す。
地域のにぎわいを生み、商店街と競技場を結びつけ、多様な参加を促す大蔵まつり。スフィーダ世田谷FCが"世田谷のクラブ"として根を張る取り組みは、地域における存在価値を高め、なでしこリーグの社会的価値をも揺るぎないものにしていく。
文=松原渓(スポーツライター)
一般社団法人日本女子サッカーリーグ 




