1989年、JLSL(日本女子サッカーリーグ)は女子サッカーの国内トップリーグとしてスタートし、「L・リーグ」、そして2004年から「なでしこリーグ」と名称を変えて歴史を刻んできた。名称やクラブ数が変わっても、高い競技力と、どんな時もサッカーを続けようと努力するひたむきさは変わらなかった。「なでしこ」に込められた原点ともいえる魅力を改めて探る「未来へ走るなでしこリーガー」第4回は、「ニッパツ横浜FCシーガルズ」のMF・今田怜那(24)。「ジェフユナイテッド市原・千葉レディース」から昨年移籍。なでしこリーガーとしては出場機会を、アパレルブランド「GFREE」の代表者としてはビジネスチャンスを、2つを掴もうと異色の「ダブルキャリア」に挑戦する。
(連載担当・スポーツライター増島みどり、敬称略)
ー 一度は引退を決意するも、掴んだ出場機会と、ビジネスのダブルキャリア ー
Tシャツやパーカーのデザインをし、着心地にこだわった素材を選んでプリントを依頼する。サンプルを確認した後、製品は自宅に届くので、インターネットで入る注文に対応して梱包し、ミスのないように発送する。2021年12月に自ら設立したアパレルブランド、性区別のないジェンダーフリーを表す「GFREE」代表者として、今田はこうしたデザインから発注、梱包、発送全てを1人でこなす。
午前中はチームのトレーニングを行い、午後1時からは、LPガスやリフォームを手掛ける会社「株式会社カナエル」で事務職に従事する。
忙しい毎日を過ごす理由をこう説明する。
「もっと多くの方々にスタジアムに観に来てもらいたい、と言っても、それに伴うプレー、強さがなければ魅力は発信できません。ブランドも、たくさんの人に知ってもらうにはコンセプトを含めて良い物を作らなくては。大変といえば大変ですが、チームの理解も頂いて毎日楽しく過ごしています」
なでしこリーグもアパレルブランドも、実感してもらってこそ、その魅力が伝わる。2つの仕事を行き来する忙しさは、「自分らしさ」と向き合う充実した時間のようだ。
ー甘くはなかった現実、景色を変えるための移籍ー
兵庫県姫路市出身で小学校からサッカーを始め、高校では高校女子サッカーの強豪、作陽高校(岡山県津山市)へ入学。卒業後大阪体育大に進学すると、教職課程を取りながら全国大学女子選手権で3位になるなど活躍し、19年にはユニバーシアード・ナポリ大会で準優勝メンバーに。将来は「なでしこジャパン」を目指す逸材として期待され、名門・ジェフレディースに加入した。
しかし「現実は甘くはなかった」と、苦しかった過去を振り返る。
加入した20年春以降、スポーツ界も新型コロナウイルスの感染拡大で大打撃を受け、一時は練習もできなくなる。関西から初めて関東に転居し、慣れない生活や出場機会を得られない日々に目標を見失い、気持ちがどんどん落ち込んでいったという。
「当時は、もう何も前向きには考えられなくて、コロナ禍も影響していてひどい精神状態でした。サッカーを辞めようと決め、家族に伝えました」
両親は、引退まで決めたその思いは理解する一方で、少し違った方向へ、いわば「心のアシスト」を送った。
「環境を変えてみれば、見える景色も変わってくるのではないか」
この言葉が方向転換の岐路となった。
ジェフのチームメートにも、ニッパツの関係者を紹介してもらうなど支援を受け、21年1月、ニッパツへ移籍。移籍によって、「景色も変わって見えるようになった」と、手応えを明かす。
「以前は、自分のプレーばかり考え、レベルアップするにはどうすればいいかを追求していたんです。そのベクトルを、今は、チームにどう貢献できるかに向けてみて、少しずつ変わってきたように感じています」
大学を卒業して3年目を迎えた今年、意識を変え、自分が立つべき場所をピッチに見つけつつある。3月19日の開幕戦(スペランツァ大阪、1ー1)でベンチ入りし、途中交代でプレー。4月9日の4節「日体大SMG横浜」戦で今季初先発すると、大学卒業から3年目で初ゴールをあげた(4-0で勝利)。
「辛く苦しい日、やり切れない日、腑に落ちない日。そんな日々が一瞬でプラスに変わる」と、SNSに心境を吐露している。
その後も出場を重ねているが、ニッパツは現在、2勝4分1敗で勝ち点10の6位(5月7日終了時点、6節のC大阪堺戦は中止)。4分けについて「チームとしては勝ち点1をものにしたというより、勝ち点2を失っている。もっと貪欲に、厳しく詰めていかなくては」と、優勝に向け上位浮上を狙う。
ー'熊'に込められたコンセプトと、リーグの魅力に共通するものー
もともと服飾に興味があり、休日にはよく古着屋巡りをした。そうした関心に加えて、アスリートのセカンドキャリアに特化した「日本営業大学」(現在アスリート・ビジネス・ユナイテッド=ABU)で講義を受けるうちに、自分のブランドを立ち上げたいと夢を描くようになった。
そこで、「クラウドファンディング」で資金を募り、21年12月、ジェンダーフリーに願いを込めて「GFREE」を立ち上げた。ブランドコンセプトは「ファッション分野において、男性らしさ、女性らしさ、という概念を無意味化し、性別を取っ払う」「自由に着たい服を選択できる」と決め、ユニセックスなデザイン、カラーを意識した。
こうした活動にクラブも理解を示す。売れ行きは好調で、現在はTシャツとショートパンツなどアイテムを広げる。予想しなかったのは、ただ服の販売に止まらず、中高生や、若い世代が抱える「学校や親にも、ジェンダーレスが理解されない」といった相談や反響を受けることだった。
「正解は出ませんが、自分らしく生きるのは簡単ではない。でも、ブランドを立ち上げたからこそ、若い世代の声を聞く貴重なつながりを持てました」
なでしこリーガーとアパレルブランドの代表者、そこに教員を目指した熱意も加われば、今田にしかできない活動へとさらに発展するかもしれない。
ブランドロゴの隣には、キャラクターの熊がユーモラスに描かれている。熊は、実に様々な表情で描かれる動物でもあり、「GFREE」の多様性のシンボルでもある。
「チームワークのすばらしさや、対戦相手を常に尊重するリスペクトは、なでしこリーグの魅力で、私が好きなところです」
今田のダブルキャリアは、多様性という価値観で強くつながっている。
今田 怜那 プロフィール
1997年7月7日生まれ 兵庫県出身 ポジションMF
ジェフユナイテッド市原・千葉レディース→2021年よりニッパツ横浜FCシーガルズ所属
リーグ戦初出場:2020年10月11日 23歳96日
代表歴:2019年ユニバーシアード日本女子代表
写真提供=Jリーグ(上)、ニッパツ横浜FCシーガルズ(中段上下、下)
ニッパツ横浜FCシーガルズチームURL=http://www.nadeshikoleague.jp/club/nippatsu/