連載コラム

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2022年05月31日

未来へ走るなでしこリーガー 第5回 宮迫 たまみ(伊賀FCくノ一三重・DF)

1989年、JLSL(日本女子サッカーリーグ)は女子サッカーの国内トップリーグとしてスタートし、「L・リーグ」、そして2004年から「なでしこリーグ」と名称を変えて歴史を刻んできた。なでしこの原点ともいえる高い競技力や、サッカーを続けようと努力するひたむきさを改めて探る「未来へ走るなでしこリーガー」第5回は、昨年のリーグ覇者でベストイレブンに選出された「伊賀FCくノ一三重」のディフェンダー・宮迫たまみ(32)に聞いた。強豪・神村学園から、当時、プロとして一早く環境を整備した「INAC神戸レオネッサ」で契約。プロからアマに転じたユニークなキャリアは10年を超えた。
(連載担当・スポーツライター増島みどり、敬称略)

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(2021シーズン 伊賀FCくノ一三重 優勝決定後、トロフィーを持つ宮迫)


ー白米とヨガ 32歳が丁寧に紡ぐ日々ー

「女子サッカー選手」を職業として14年になるというのに、「足首の捻挫がもっとも大きなケガだった」と、宮迫たまみは笑った。中・高と女子サッカーの強豪、神村学園(鹿児島県いちき串木野市)へ。垂水市から県内留学してプレーを続け世界レベルでも活躍したのだから、ひざのじん帯断裂や腰痛などサッカーで典型的な大ケガに悩まされていてもおかしくない経歴だ。
しかし、昨年のリーグ覇者でベストイレブンにも輝いた32歳のディフェンダーは、今季も開幕から全試合に先発出場を果たし、なでしこリーグでの出場記録も上位(249試合で4位)に。長く、しかも逞しいキャリアを維持できる理由について、「やっぱり大きなケガをしなかったからだと思います。秘訣ですか?・・・よく食べるんです、私。好き嫌いもなく、小学校の頃は食べ過ぎて、カレーのご飯のおかわりを4杯もして止められました」と、オンライン取材の画面の中で、またクスリと笑う。
今もご飯4杯を食べているかは確認しなかったが、やはり白米を中心にし、細かな栄養素にとらわれず肉、魚、赤、緑、黄色の彩りを考えて自炊する。英語の「You are what you eat」=人は食べたものでできているとのことわざは本当なのだ。宮迫と話しながら、艶やかに焚き上げられた美しい白米が、なぜか思い浮かんだ。
午後からの練習前には、コロナ禍で体を鍛えられなかったこの2年で、動画サイトで探したヨガを必ず行う。ヨガやストレッチの動きで横隔膜を上手く使え、「呼吸がとてもし易く、新鮮な空気が体内に入りやすくなりました」と、嬉しそうに効果を明かす。
神村学園から「強いチームで高いレベルを目指してプレーをしたかった」と高い目標を抱いて、神戸でプロ契約を結んだ。今も、栄養と呼吸に代表される心身を丁寧に整える様子は、彼女らしく控えめだが、プロとしての変わらない芯なのかもしれない。


ーアマチュアとしてサッカーを続ける自信はなかったー

女子サッカー選手としてもっとも恵まれた環境下でプロとなる目標を叶えたが、神戸加入から3年間でリーグ戦出場は34試合。「クビになりました」(宮迫)と、サッカーを辞めるつもりだった。
「朝からずっとサッカーに没頭できる環境は有難かった反面、2部練習などもあり、サッカーについて考える時間が長過ぎて、試合に出ていないと自分を追い込んでしまう面もありました」
先が見えない時に、当時伊賀で指揮を執っていた大嶽直人監督に誘われた。プロとして最前線で戦ってきたはずが、今度は逆に、アマチュアとして仕事をしながらサッカーをする経験がないため、自信を持てなかったと当時を振り返る。
11年に移籍し、最初に地元伊賀市の建設会社で事務職に就いた。仕事は午前8時から5時とフルタイムで働き、その後練習をする。仕事は、採石場で石や砂を購入する際の計量と伝票の作成だったが、本当によくミスをしたという。

「でも職場の方々に本当に優しくして頂いて、サポートを受け、意外にも、自分には仕事をしながらサッカーをするのが合っているんではないかと思えました」

時間をうまくマネージメントしながら、コンディションを整え、練習に集中する。11年には、日本代表「なでしこジャパン」がW杯ドイツ大会で優勝。アマチュアリーグが、特に選手の支援において社会的な注目を浴びるなかで、それぞれのスポンサーが雇用を申し出た。それまで、個人がアルバイトで生活や環境をつないでいた女子選手に、仕事をしながらプレーを続けるための変化が起き始めた時期だ。

伊賀では自動車備品メーカーの「エクセディ」が全選手の雇用に踏み切ってくれた。選手たちは安定した環境を得て、サッカーに集中する。

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ー近くの連覇と、遠くの景色も見ながらー

伊賀FCは、昨秋始まった女子プロリーグ、「WEリーグ」参入を目指す。昨年の優勝後には、チームメートのうち3人がWEリーグクラブへ一気に移籍した。宮迫は、「チャレンジしたい、と思う気持ちは尊重しますし頑張って欲しい」とエールを送る。一方、「チームの戦力ダウンが言われる中、新しいチームがどこまで(5月29日時点で暫定首位)戦えるか、若い選手たちは目覚ましい成長をしていますし、それもとても楽しみ」と、苦難も前向きに捉える。そしていつか、なでしこリーガーとしてWEリーグと対戦したいと願っている。

女子サッカーの潮流を、常に先がけて経験してきた宮迫のキャリアはユニークで力強い。そんな広い視野は、女子サッカー全体にも注がれている。
最近、何気なく観ていたテレビで、欧州女子チャンピオンズリーグで、バルセロナ女子チームが本拠地カンプノウで行われた準決勝に9万1648人と、女子史上最高の観客数を集めたと知った。

また、アメリカ女子代表が、男子と勝利給や賞金、ボーナス全てで同一賃金になった、と伝えられたニュースを見た。女子サッカーを取り巻く大きなニュース2つに驚いたのと同時に、日本の女子サッカーがもっとテレビで取り上げられる工夫も何かできるのでは、或いは、一度試合を観に来てくれたファンに、会場に来れば楽しんでもらえる何かを提供できないか、と考える。将来は、クラブのフロントスタッフなど自身が何より好きな「裏方」として、こうした課題に取り組みたいと希望を明かす。

身体を整え、ケガを予防するための習慣はもうひとつ、練習後に待っている。クラブを支援する「サンピア伊賀」で毎日、温泉に浸かって疲労を抜き、英気を養う。近所の子どもたちや、女性たちともお風呂で打ち解けて、試合の応援に来てくれる。

今夜もきっと、温泉で、ファン拡大をはかっているはずだ。


宮迫たまみ プロフィール
1990年1月29日生まれ 鹿児島県出身 ポジションDF
INACレオネッサ(現 INAC神戸レオネッサ)→2011年より伊賀フットボールクラブくノ一(現 伊賀FCくノ一三重)所属
リーグ戦初出場:2008年4月19日 18歳81日

受賞歴:
2021プレナスなでしこリーグ1部 ベストイレブン

代表選出歴:
U-19 日本女子代表
AFC U-19女子選手権大会2009 中国 (1試合出場)

写真提供=伊賀FCくノ一三重
伊賀FCくノ一三重URL=http://www.nadeshikoleague.jp/club/iga_fc/

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