連載コラム

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2022年09月27日

未来へ走るなでしこリーガー 第12回 田谷春海(バニーズ群馬FCホワイトスター・GK)

1989年、JLSL(日本女子サッカーリーグ)として女子サッカーの国内トップリーグとして始まったリーグは、2004年からは「なでしこリーグ」と名称を変えて30年を超える歴史を刻んできた。高い競技力に加え、仕事、家庭、学業を両立するなど、様々な形でサッカーを続ける選手たち個々の思い、魅力に迫る連載「未来へ走るなでしこリーガー」第12回は、バニーズ群馬FCホワイトスターのGK、田谷春海(25)。リーグが実施した今年上半期のファン投票、「あなたの選ぶファインセーブ」で1位に輝いた。 

(連載担当 スポーツライター増島みどり・文中敬称略)

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ーファインセーブより、自分が目立たない試合がGKの理想ー


 「なでしこリーグ」は、今夏の中断期間中に「2022上半期 あなたの選ぶベストシーン」と題した夏休みTwitter企画を実施し反響を集めた。
 開幕戦ゴール、ファインセーブ、ファインプレーの3部門で得票率トップの選手を選ぶ方式で、ファインセーブ部門では、バニーズ群馬に今季、「GRANO伊勢崎FC」から移籍したゴールキーパー、田谷春海(25)が得票率トップ(29・7%)で選出された。
 ファインセーブに選ばれた試合は、第8節の日体大SMG戦。右サイドを突破され、ゴール前にあがったクロスに鋭い角度からヘディングで飛び込まれた。試合序盤、0-0の緊迫した場面で、先制を許すわけにはいかない。田谷は、このボールに素晴らしいリアクションで、バー付近に向かう難しいボールを弾いてピンチを凌ぐ。これで守備のリズムを掴んだバニーズは、そのまま2-0と無失点で、アウェーながら完封勝ちを収めた。
取材中、嬉しそうに言った。
 「こうやって注目して頂けるのは本当に有難いですし、チームメートのお陰です。もちろん職場の方々にも喜んで頂いた。ただキーパーとしての理想は・・・」
 言葉を選ぶのを聞きながら、その次に何を話したいのか、少しだけ先回りできるように思った。男女の日本代表やコーチ、海外の選手、他競技のGKたちを取材するうちに、ゴールキーパーの独特なメンタルにも触れてきたからだ。
 「理想は・・・ファインセーブがない試合なのでは?」
 そう聞くと、恥ずかしそうに笑った。
「はい。GKが目立つというのは、相手の絶好機が多かったという状況を示してもいます。GKはディフェンスの一員として、連携やコーチング(声を出して統率を図る)をもっと充実させなければなりませんよね」
 日本代表として修羅場をくぐってきたあるGKに「GKが目立たない試合が最高。水面下で、パスの繋がりからシュートコース、全て読んでDFと連携できれば、ごく平凡なボールが飛んで来るだけ。でもそこに、このポジションの面白さや駆け引きの難しさがある」と、教えられた言葉を思い出す。
 「なでしこジャパン」のあるGKは、それを「将棋のような面白さ」と表現していた。
試合中、誰も注目しない簡単なボールがGKの手元に吸い込まれた時、GKは心の中で「しめしめ、思った通り」と冷静に、しかし叫びたいほどの喜びを噛みしめているのかもしれない。
 

 ー1シーズンで味わった、どん底の10失点ー


 ファンの投票で選ばれた「ファインセーブ」が今季の勲章だとすると、10節のセレッソ大阪堺レディース戦(5月、ヨドコウ)は正反対のどん底の経験に違いない。
 立ち上がりの7分で失点すると、前半だけで5失点。「何とか爪痕でも残したかった」と、味方のゴールに望みをかけたが、後半も5失点。後半と合わせた10失点は、GKとしてもキャリアワーストだった。
 「サッカーはもう辞めたほうがいいんじゃないかと試合中ずっと考えていました。ピッチに立っているのが恥ずかしくて、屈辱的でした」
 そんな試合中も、田谷は最後尾から試合終了のホイッスルが鳴るまで、声を出し続けた。効果があるとは思えなかったけれど、ポジションに対するプライドだ。試合を終えると、サッカーを辞めようとするのではなく、「もう2度と、こんな試合をしない、させない、ファンに見せない」と強く思ったという。
 コーチにすぐに試合のビデオチェックを頼み、次に向かった準備をスタートして立ち上がった。
茨城県出身で、高校女子サッカー部の創成期だった鹿島学園で初めてサッカー1本に絞ったという遅咲きで、人数不足ゆえ、GKからDF、FWまで全てこなした。
 流通経済大2年で兼業から、コーチに「田谷にはGKの素質がある」と言葉をかけられて専業に。卒業後は「ASハリマアルビオン」でなでしこリーガーとなったが力を出せずにクラブを離れ、引退を決めかけた。しかしちょうど、群馬のアマチュアチームが新設されると誘われ、皇后杯の関東予選で早稲田大と対戦した。
 0-5と叩きのめされた試合中、自分が、その状況を楽しいと感じているのが不思議で仕方なかった。下部組織の中学生もチームメートで出場している。足がつりそうになるほど厳しい試合で、彼女たちが最後まで歯を食いしばって走る姿に気持ちが揺さぶられた。
「試合を終え、感動したんです。もう少しサッカーを、GKをやりたい、もっと強い相手と戦いたい、と自分が思っていたのが、大敗のなかだからこそ余計によく分かりました」
 自分の本当の気持ちを確かめ、もう一度、トップリーグのなでしこに戻った。
キャリアのどん底は、ピッチに立って味わった10失点ではなく、ピッチを離れ、引退を決めた時期だったのだろう。

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 ーコンビニの麺類を製造する工場でフルタイム勤務ー


 セブンイレブンの麺類を製造する地元企業、「タマムラデリカ」に、同社の支援で勤務している。工場の資材部に属し、毎朝運ばれてくる原材料の荷受けを担当する。賞味期限の細かい設定をミスしないように、午前9時から午後4時まで働く。
 練習場は1週間でも3つの箇所を使うなど、帰宅が遅い時間になるため、もっとも遠い練習場所で仕事を終えると0時近くなる。仕事を終えると一度帰宅し、夕食を取ってから練習に向かう生活のリズムも、今季、改めてなでしこリーグに戻って整えた、重要なルーティンだ。
 1シーズンで味わった喜びと屈辱。田谷はGKに絞った大学時代、点を取る楽しさに比べ、GKの楽しさを「何だろう」と疑問に思っていたという。
「でも、もう一度なでしこの舞台に立たせてもらい、10失点もしましたが、分かりかけてきたかもしれません」3連敗で始まった後半戦だが、田谷は取材中一度もうつむかなかった。
そして9月25日、再び迎えたC大阪堺との一戦、前半0−0の緊迫した展開で入った後半、佐藤亜実の決勝ゴールで1−0と勝利し連敗を脱出。上半期には18本打たれたシュートを6本に抑えた守備は、チームが一丸となって堅守に取り組んだ証だ。田谷も、「どん底だからこそ、分かりかけてきたかもしれない」と話していた「G Kの楽しさ」がどこにあったのか、きっと見つけたはずだ。

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田谷春海 プロフィール

1997年4月1日生まれ 東京都出身 ポジション GK

ASハリマアルビオン→2022年よりバニーズ群馬FCホワイトスター所属

リーグ戦初出場:2019年10月5日 22歳187日

写真提供=J.LEAGUE(上) / バニーズ群馬FCホワイトスター(中) / なでしこリーグ(下)

バニーズ群馬FCホワイトスターURL:http://www.nadeshikoleague.jp/club/bunnys/

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