ー大学院で物理研究しながらピッチに　´故郷'で経験した貴重な１年ー

チーム内のコミュニケーションの充実度とは、こんなさりげない場面にこそ出るのかもしれない。
つくばFCレディースのユースで育ったFW・小西由利恵（２２）は今季、南葛SC wings（東京都葛飾区）から「キャリアの故郷」ともいえるつくばFCレディースに復帰した。２２年について、シーズン序盤で、キャリアで初めての大けがとなった右ひざの内側じん帯損傷を負い、復帰を目指してチームを離れ「別メニューで過ごしたリハビリ期間がとても辛かった」と振り返った時だった。オンラインインタビューに同席してくれた選手兼スタッフのDF・藤井志保（３１）が、音声を入れ「少し補足させていただいても構いませんか？」と、古巣に戻ってきた後輩のフォローに入った。
「今、ケガをしたという話があったんですが、あれは、自分たちDFのピンチの場面で、由利恵が最終ラインまで戻って、スライディングでシュートブロックをしてくれたシーンでのケガだったんです。自分では言いませんけれど、献身的なプレーの結果だったんです」
第２節の強豪・静岡SSUボニータとの一戦、先発の小西は前半、押し込まれたピンチに全力で自陣に戻りスライディングでシュートをブロック。チームを救うプレーで失点は免れ、優勝チームに０－０と引き分け、勝ち点１は得た。フォローに入ったベテランはその１点と引き換えに、若い選手に辛いケガをさせてしまった、と悔やんでいる。
今季、つくばFCの勝ち点は１４点で、９位の三重、降格の入替え戦に回った最下位湯郷（残留）との勝ち点差はわずかに１。この静岡戦で手にした引き分けが、どれほど重要な勝ち点１となったのか、よく分かる。それでも小西は「いえいえ、そんなたいしたプレーじゃ・・・」と画面の中で手を振って笑う。
「つくばユース時代、人数が３人という時もありましたので高１で最年長、中学生にも助っ人出場してもらう試合もありました。そんな試合では、中学生たちのお手本にもならなくちゃ、と、戻って守備をし、チームのためにどういうプレーをするかいつも考えていましたので、（静岡戦は）特に意識したわけではありません。初のリハビリを経験し、早く戻りたい、でも焦っちゃダメだ、と、精神的な部分で色々学べたと思います」
小西が中学３年時に、藤井はトップチームに加入。１０年にも及ぶチームメートの関係性は、来季や女子クラブチームの未来の姿を表しているように見える。

ー光の屈折率と量子コンピューターとサッカーの関係は・・・ー

地元つくば市にある中高一貫教育校「並木中等教育学校」で物理に興味を持ち、東京理科大学物理学科に進学する。研究テーマは主に「光の屈折率」だそうで、現在はさらに筑波大大学院で物理研究を進める。
　「今も光を使う実験ではあるんですが、ほかにも量子コンピューターを・・・」と、丁寧に説明してくれる小西の話に、全く付いて行けずに、藤井と一緒に首をすくめてしまった。
毎日、大学院研究所での研究を終えると、地域の子どもたちの「学童」をアルバイトで手伝い、それから夜の練習のためグラウンドに向かう。理系だから、自分のプレーも映像で見直して、「何か数値化して分析でも行っているのではないか？光の屈折を研究しているのなら、シュートの角度も研究できるのでは？と、興味津々、ストーリーを勝手に組み立てて質問すると、「いえいえ・・」と、また笑った。
「それがプレーは感覚派なんです・・・」
照れくさそうに言う小西に、藤井も「そうだよね、案外、野性味あふれるプレー」と付け加えるので、やりとりの妙にもチームの関係性が伺えるように思った。
「今季は序盤のケガでなかなかチームに戻れず、最終的に４得点（チームも１２得点とリーグ最少）。自分でも物足りないゴール数でしたので、来季は４点を上回るゴール数を狙っていきたいと思います。入替戦に回りませんでしたが、個人のプレーでももっとチャンスを活かせたはずなのでゴールと同時に、チーム全体のシュートを多くできるプレーも心がけたい」
実験データを徹底的に揃えて、論理的に、研究に向かう小西と、DFにでも全力で戻って体を投げ出し、献身的なプレーをする「感性のFW」としての小西と、両者はとてもうまく、まるでチームメートのように２２歳の日々をバランス良く支えているのだろう。
つくばFCは、クラウドファンディングで１０００万円以上の寄付を受けて、補助金と合わせた支援でクラブハウスを新設し、ピッチの張り替えも行った。地元に密着したクラブには、未就学の子どもたちから高齢者まで、約１７００人が所属。他競技も行う総合型スポーツクラブとして、今、文科省、スポーツ庁、日本スポーツ協会（JSPO）が進める中学校の部活動改革でも事務局を務めており、その活動は先進的な取り組みとして重要なモデルともなっている。なでしこリーグの中に、こうした個性を持ったクラブが存在する意義は大きい。

2年連続でなでしこリーグ残留を果たし、力を蓄積した分、来季はひとつでも上位を狙う。

(職場の方たちと。右上水色のTシャツが小西)

小西由利恵 プロフィール

1999年12月29日生まれ　茨城県出身　ポジション FW

つくばFCレディースユース→南葛SC wings→2022年よりつくばＦＣレディース所属

リーグ戦初出場：2022年3月27日

写真提供＝つくばＦＣレディース

つくばＦＣレディース：http://www.nadeshikoleague.jp/club/tsukuba/

（連載担当　スポーツライター増島みどり）