連載コラム

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2022年08月30日

日本全国なでしこリーグの街を訪ねて ディアヴォロッソ広島編

広島県安芸郡熊野町は広島市、呉市、東広島市に隣接。四方を山々に囲まれた地域です。江戸時代の文化を今に伝える筆の製造が盛んで、人口約23,500人のうち、約2,500人が筆産業に携わっているといわれています。熊野筆は世界のブランドです。近年では、特にメイクブラシ(化粧筆)の評価が高く、ハリウッド女優や有名モデルをメイクする世界中のメイクアップアーティストが愛用しています。町内にある筆をテーマにした博物館・筆の里工房では筆の文化・歴史に触れることができ体験も可能。また館内には、書筆、画筆、化粧筆、約1,500種類を販売する熊野筆セレクトショップがあり、人気を集めています。

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熊野筆セレクトショップに並ぶメイクブラシ

ディアヴォロッソ広島が熊野町に誕生したのは2019年。それから、わずか3年でなでしこリーグ2部にスピード昇格しました。まだ歴史の浅い若いチームは、地域にとって、どのような存在なのでしょうか。今回は「筆の町」で歩み始めたディアヴォロッソ広島と共に生きる人たちを訪ねます。

「筆の町」に生まれたチームを盛り上げていきたい
熊野町教育長 平岡弘資さん

熊野町と女子サッカーを結び付けたのは熊野筆でした。
「なでしこジャパン(日本女子代表)が国民栄誉賞を受賞したときの副賞が熊野筆でした。それで、熊野町では、女子サッカーに対する関心が高まり『女子サッカーの町熊野の会』が結成されました。今年、ディアヴォロッソ広島がなでしこリーグに昇格したので、また女子サッカーを盛り上げていければと思っています」
笑顔で話す平岡弘資さんは長く小学校の教員を務め、退任後の2021年に教育長に就任しました。小学校教員時代はサッカーチームを指導。ユース育成の中心的存在となっている広島県トレセンにもスタッフとして関わりました。

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熊野町教育長の平岡弘資さん (※撮影時にマスクを取りました。)

「自分もプレーしていましたし、サッカーが好きだから熱心に指導しましたね。試合に勝ったり負けたりする中で、子どもがいろいろな顔を見せてくれます。それを見守るのは教育の原点だと思います。」

平岡さんは、以前に受講したJFA(日本サッカー協会)の研修で「子どもたちに教えすぎない」ことを学んだそうです。試合が始まればピッチ上では予想外のことが起こります。そのため、日頃から、子どもたちに教えすぎず、その場で主体的に判断する力をつけるための指導をすることが大切だというのです。勝ったとき、負けたとき、地元チームの試合を見たとき、熊野町のサッカー少年・少女たちは何を感じてくれるでしょうか。
「ディアヴォロッソ広島が町民の身近な存在になって、良い成績を残してほしいですね。熊野町からも、なでしこジャパン(日本女子代表)に選ばれる選手が出てきてほしいです」
平岡さんの希望が叶うとき、熊野町は「筆の町」から「筆と女子サッカーの町」になっているかもしれません。


選手の皆さんが夢を実現してくれることが一番
ザ・ビッグ焼山店 店長 牧野高志さん

熊野町は広島市と呉市のベッドタウンとしての顔も持っています。昭和40年代に県営団地が造成されたことを契機に、広島市や呉市に通勤する家族が多く転入し人口が急増しました。現在も呉市とは、都市圏形成に向けて取組む深い関係があります。

ザ・ビッグはイオングループのディスカウント型スーパーマーケットです。焼山店は熊野町に隣接する呉市焼山地区にあります。店長の牧野高志さんがディアヴォロッソ広島とお店のお付き合いが始まった経緯を教えてくれました。
「昨年の秋に『ぜひ選手に働いてほしい』とお願いしました。今は4人の選手にチェックアウト(レジ)業務へ従事してもらっています。皆さん、コミュニケーション能力が高いので、お客様から『元気で笑顔で気持ち良い接客だね』とお褒めいただいています。地域の元気の源になってくれると嬉しいです」

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ザ・ビッグ焼山店 店長の牧野高志さん (※撮影時にマスクを取りました。)

焼山店の所在地は呉市ですが、地域の皆さんの多くは熊野町も同じ地元だと考えています。
「熊野町からもたくさんのお客様がお店にいらっしゃいます。市町は分かれますが生活圏としては一つですね」
牧野さんは、選手の夢を大切にしています。「試合に出たい」「優勝したい」「プロ選手になりたい」......採用面接では、一人ひとりの夢を聞き、今でもいつも胸に留めています。
「選手の皆さんが夢を実現してくれることが一番です。それを応援する手段として、この職場で働いていただいています。お店の我々ができることをやってあげたいですね」
ディフェンダーの西園雪乃選手は「ここにはサッカーに向き合える環境がある」と言います。
なでしこリーグへの昇格一年目。試合を重ねるごとに、ディアヴォロッソ広島の名前も知られるようになってきました。ゴールキーパーの佐喜眞幹選手は、職場でお客さんと接しながら、チームの存在が地域に浸透していくことを感じています。
「声をかけてくださる方が増えました。最近は、私のレジにわざわざ並んでくれる方もいらっしゃいます。励みになり楽しいです」

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西園雪乃選手(左)と佐喜眞幹選手(右) (※撮影時にマスクを取りました。)

「サッカーを通じて地域のつながりがより強くなり、街に活気が出てきてくれると良いと思います。彼女たちは、それができる 存在だと思います」と、牧野さん。呉市の中心部と熊野町を結ぶ幹線道路沿いにあるザ・ビッグ焼山店 の駐車場には、チームののぼりが立ち並び、瀬戸内海へ抜ける風になびいています。この店が、応援してくださる地域の皆さんとディアヴォロッソ広島を結ぶ重要な接点になっています。


女子サッカーで伝統産業に新しい局面を
馬上酒造場 蔵元 馬上日出男さん、杜氏 村上和哉さん

広島県は「日本の三大酒どころ」とされています。数ある酒蔵の中の一つが熊野町にあります。馬上酒造場です。蔵元の馬上日出男さんが杜氏として村上和哉さんを迎えたのは2021年。熊野町の水と広島県の米に若い感性を加え、新しい酒造りが始まりました。「大号令」は高い評判ながら生産量が少なく幻の酒とされています。

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「大号令」のラベルの筆「昭和の三筆」手島右卿さんは元日本代表の岡野雅行さんの祖父

昔ながらの器具を使用し、手間ひまをかける村上さんの丁寧な酒造りを支えているのは4人の選手です。村上さんは、選手が酒蔵で働く顔、ピッチでプレーする顔の両面を見てきました。
「いつもは、ニコニコ仕事をしてもらっているのですが、ピッチに出ると戦う選手の表情になります。だから、観客席から声をかけづらかったです(笑)。プレーを実際に見た後は、いつもの仕事のときも『頼りになるなー』という気持ちになりますね」

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馬上日出男さん(左)、村上和哉さん(右) (※撮影時にマスクを取りました。)

「チームワークで仕事をしてくれるので、とても助かっています。私らよりも力がありますね(笑)、仕事が綺麗です。非常に感謝しています」
と、選手の仕事ぶりに驚嘆する馬上さん。1983年に34歳で銀行を退職して蔵を継ぎ、杜氏として酒を造り続けてきましたが、2020年に蔵を閉じることを決意していました。そこに、村上さんが現れ、さらには熊野町役場 商工観光課に4人の選手を紹介され、馬上酒造場は、蔵元に専念することになった馬上さんと若い世代が力を合わせて酒を造り続けています。
「最初は、彼(村上さん)の考える酒と私の考える酒には乖離がありました。でも、酒にも多様性が認めてもらえる時代になって(多くのお客様に)受け入れてもらっています。サッカーチームも、私たちの仕事も時流に合わせて継続しないといけないですね。馬上酒造場とディアヴォロッソ広島の関係が続けば、伝統産業に新しい局面が見えてくるかもしれません。選手は、ここで『働く』というより、酒造りに『関わる』という表現の方が相応しいかもしれません」

ディアヴォロッソ広島と伝統産業の「関わり」は、地域とサッカークラブの新しいつながりを示してくれています。ディアヴォロッソ広島は、女子サッカーで「筆の町」に明るい未来を描きます。

今回はディアヴォロッソ広島のホームタウン・熊野町の皆さんを訪ねました。

Text by 石井和裕

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