連載コラム

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2023年03月27日

日本全国なでしこリーグの街を訪ねて ヴィアマテラス宮崎編

宮崎県児湯郡新富町は宮崎県のほぼ中央の沿岸部にある町です。太平洋に面した約5kmにわたる美しい砂浜・富田浜(とんだはま)海岸ではサーフィンを楽しむことができます。人口は約16,000人ですが、ここに、J3・テゲバジャーロ宮崎がホームゲームを開催するユニリーバスタジアム新富が完成。さらには女子サッカーチームのヴィアマテラス宮崎が活動しています。この町は、なぜサッカータウンになったのでしょうか。

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富田浜(とんだはま)海岸

ヴィアマテラス宮崎が発足したのは2020年。「5年後のプロリーグ参入」を目標にスタートし、3年目のシーズンでなでしこリーグ2部に超スピード昇格しました。2023年は選手・スタッフのうち17名が地域おこし協力隊制度(都市地域から人口減少や高齢化等の進行が著しい地域に移住して、地域ブランドや地場産品の開発・販売・PR等の地域おこし支援や、農林水産業への従事、住民支援などの「地域協力活動」を行いながら、その地域への定住・定着を図る総務省の取り組み)を活用して新富町で暮らしています。

新富町を歩くと芝生の多さに驚きます。大きな広場、グラウンドだけではなく、ちょっとした街角の公園までが緑の芝生に覆われています。こうした芝の育成も地域おこし協力隊の仕事の一つなのです。

今回は、女子サッカーチームと住民が融和して歩みはじた小さな町の物語を訪ねます。


僕が目指しているのは、町民の選択肢を増やすこと

新富町 町長 小嶋崇嗣さん


宮崎県には、長くトップリーグで戦うスポーツチームが存在しませんでした。

「宮崎県民にはプロスポーツのキャンプ地でプロ選手を間近に見る機会が多くあります。でも、いつもの週末にお金を支払って、地元チームの試合を見に行く習慣がありませんでした。日常にスポーツがある環境づくりにチャレンジしたいと思っています。まずは、テゲバジャーロ宮崎のホームスタジアムを新富町に作るお手伝いをさせていただきました。僕は、以前に千葉市の蘇我に住んでいました。ジェフ千葉のホームスタジアムができて街が変わっていったことを記憶しています」

そう切り出したのは町長の小嶋崇嗣さんです。ヴィアマテラス宮崎は、小嶋さんが推進する「女性アスリートによる地域活性化事業」の肝となっています。

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新富町 町長 小嶋崇嗣さん

「町の外からやってきた人と、ずっと町で暮らし育ってきた人との間に、どうしても軋轢は生まれがちです。これを対話で解決するには、とても長い時間を必要とします。でも、そこに共通の新しい目標ができると、交流が生まれます。サッカーを応援することで、この地域の人々をミックスしたいと思いました」

動き出した事業はスピードを緩めることなく前進しています。

「僕が目指しているのは、町民の選択肢を増やすことです。多様性のある町にしたいです。選択肢の一つとして、女性がスポーツによって稼げる状態を作ります。サッカーによって女性が自立できる、そしてサッカーを続けられる環境づくりをしていきたいです」

地域おこし協力隊制度を活用し、全国から選手が、この町に移住してきました。これから先は、クラブが自立し持続可能となっていくこと、選手が民間の仕事で生活していくこと、現役生活を終えた選手が、ずっとこの町で暮らしたいと思ってくれることが重要です。

「行政で働く僕たちが、選手のために、様々な仕事を創る責任を担っていると思います。職員採用の面談を僕がして一緒に働いている選手たちが大半なので一人一人に思い入れがあります。後から振り返っても『私はあのチームに携わったよ』と思ってくれるような、強くて大きなチームになってほしいですね。」

印象深い試合について質問すると、一際、声が大きくなりました。

「入れ替え戦(2022プレナスなでしこリーグ2部 入替戦予選大会)で負けたことですよ!新幹線が止まる程の大雨の日に苦労して静岡県まで応援に行ってPK戦で負けました。これまでの試合と比べて激しさが違っていましたし、情熱的で必死さに溢れていました。だから、この負けは良い経験になるだろうと思いました」

九州女子サッカーリーグでは大量得点差で勝利することが多かったヴィアマテラス宮崎ですが、今シーズンから戦う舞台はなでしこリーグ2部。思うように勝てない試合が増えるかもしれません。上を目指す全国各地のライバルたちとしのぎを削ることになります。ホームゲームを開催するたびに九州の外から新富町に訪れる人を迎え、町は、新しい表情を見せてくれるに違いありません。

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新富町役場


困っているならば用意してあげれば良い。それだけじゃないかな。

たかがき書店 高垣忠さん


町の中心街にあるたかがき書店の高垣峰忠さんは、面倒見の良い町の有名人です。ヴィアマテラス宮崎のホームゲームを開催する富田浜公園からからほど近い富田浜には、全国でも有数のアカウミガメの産卵地があります。高垣さんは、アカウミガメの保護活動もしており、毎朝5時から産卵地に足を運び砂浜を整地しています。高垣さんの熱意は、ヴィアマテラス宮崎、アカウミガメだけではなく、大相撲陸奥部屋にも注がれ、新富合宿の実行委員も務めています。

「全部、足元でスパッとボールを止めるんですよ。凄いと思いました」

初観戦したとき、高垣さんは、ウォーミングアップのパス練習を見て衝撃を受けました。これまで見てきた女子サッカー選手とヴィアマテラス宮崎の選手たちとでは、ボールを止める技術が全く違っていたのです。

その試合から、高垣さんの応援活動が始まりました。常設スタンドがない富田浜公園多目的広場のピッチ脇に建ち並ぶ白いテントは、高垣さんが購入して持ち込んだものです。試合運営に必要な荷物を運ぶための軽トラックも購入しました。軽トラックは、ヴィアマテラス宮崎の選手・スタッフが自由に使えるように無償で貸し出しています。

「困っているならば用意してあげれば良い。それだけじゃないかな」

試合の前日は、富田浜公園に向かう道にのぼりを並べるのが高垣さんの日課となっています。そののぼりも自ら200本を製作しました。「地域の花となれ!ヴィアマテラス宮崎 笑顔で明るく照らせ!」と染め抜かれた黄色いのぼりは、海風を受けて元気よくはためいています。

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富田浜公園に続く道

なぜ、高垣さんはそこまで応援するのでしょう。聞いてみると、長年応援を続けている古参サポーターのような答えが返ってきました。

「アウェイチームにプレッシャーをかけようと思ったからです。皆で応援するのが楽しいですね。何かあれば仲間が協力してくれます。一人で全部はできないですから」

ヴィアマテラス宮崎の設立直後、町にはサッカーのルールを知らない人もたくさんいました。

「『頭で入れたら何点なの?』と聞かれたこともありました(笑)」

毎試合のように観戦に行くと、サッカーの知識も身についてきました。高垣さんが購入した白いテントの下は、いつも、地元のおばあちゃんたちでいっぱいになり、楽しそうな会話が弾みます。試合が行われる日の富田浜公園多目的広場は老若男女で溢れます。高垣さんの応援したい気持ちの原動力はどこにあるのでしょうか。

「選手の笑顔が本当に素敵です。喜んでくれたときの顔が好きだからですね」

喜びが次の喜びへと連鎖し、新富町の週末は幸せな空気に包まれます。高垣さんは、黄色いのぼりを追加製作するときに「笑顔で」の3文字を付け加えました。

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たかがき書店 高垣峰忠さん


よそから来た子をあれほど応援するのを見たことがないです

有限会社川上電機 川上喜義さん


有限会社川上電機で代表取締役を務める川上喜義さんは照明コンサルタント。ヴィアマテラス宮崎との関わりを質問すると、間髪入れずに答えが返ってきました。

「照明ですね。ヴィアマ......照らす(笑)」

この町の人たちはヴィアマテラス宮崎のことをヴィアマ、テゲバジャーロ宮崎のことをテゲバと呼びます。

「ヴィアマが皇后杯JFA全日本女子サッカー選手権大会で負けたときに『負けたけれど宮崎では一番のチームだから胸を張って帰ってきて』と慰めました。そうしたら、選手が悔しそうに『情けない。私たちは勝つことでしか新富町を盛り上がられません』と返事が帰ってき来ました。元々の町民よりも新富町のことを考えてくれている。あれを聞いたときに、僕たちができることで、もっと応援しなければと思いました」

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有限会社川上電機 代表取締役 川上喜義さん

ヴィアマテラス宮崎の選手たちは地域おこし協力隊として町内各所で「地域協力活動」をしているので親しみがあり応援しやすく、町民への浸透が進んでいるのだそうです。「地域協力活動」で選手と話し、仲良くなればなるほど応援したい気持ちが強くなります。

「おばちゃんたちが、よそから来た子をあれほど応援するのを、今までは見たことがないですね。皆、最初は知らなかったサッカー用語を話し始めました(笑)。逆に、試合がないときの、おばちゃんたちは元気がないです(笑)」

川上さんは、昨シーズンの1年間でチームが大きく成長したことを感じます。試合のレベルが格段に向上しました。同時に、町の人たちも、町もチームと共に成長しました。お互いに良い刺激を与えあって変化し続けています。

川上さんは、宮崎県地域づくりネットワーク協議会の副会長も務めています。県内各地で開催されるイベントや地域づくりを巡っています。

「ヴィアマを一緒に応援するのも、一つの地域づくりですね。0から1を作るのは大変です。でも、ヴィアマは、もうスタートを切っているので0ではありません。県内の他の地域の協議会会員からは『いいなーサッカーがあって』と羨ましがられますよ(笑)。お祭りでヴィアマの選手が売るだけでジュースがバカ売れですから。」

地域おこし協力隊の任期は3年ですが、町の皆さんは選手が長くこの町で暮らし続けてくれることを願っています。

今回はヴィアマテラス宮崎のホームタウン・新富町の皆さんを訪ねました。

Text by 石井和裕

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