大阪府堺市は、かつて大和朝廷のあった奈良盆地から大和川を西へ下ったところにあります。ユネスコの世界遺産に登録された百舌鳥・古市古墳群のうち44基の古墳が堺市に現存しています。(世界遺産として登録されている古墳は23基)日本最大の前方後円墳である仁徳天皇陵古墳と履中天皇陵古墳は、海岸線と並行に造られていることから、海から見える姿を意識して造られたと考えられています。古墳時代の堺市は、当時最先端の土木技術を結集し巨大古墳が造営された、重要な場所であったと考えられています。
仁徳天皇陵古墳 提供:堺市
堺港は、室町時代後半から急速に発展し、中世の国際貿易都市として歴史に名を残しています。現地に現存する日本最古の木造洋式灯台の一つである国指定史跡の旧堺燈台は、今も静かに大阪湾を見つめています。
海の向こうに突き出た築港八幡町の先端に堺市立サッカー・ナショナルトレーニングセンター(J-GREEN堺)があります。関西サッカー界のメッカといわれる最先端施設に、多くの選手・指導者が集います。サッカーフィールド16面、フットサルフィールド8面は日本最大級の規模。S1メインフィールドは約3,600人収容可能な観客席を備え、セレッソ大阪堺レディースのホームスタジアムとして使用されています。
今回は、ほのかに潮風の香りがする、堺市立サッカー・ナショナルトレーニングセンター(J-GREEN堺)を訪ね、セレッソ大阪堺レディースと関係の深いお二人にお会いします。
堺市立サッカー・ナショナルトレーニングセンター(J-GREEN堺)
ミーハー視点が市民とC大阪堺をつなぐ
堺市文化観光局スポーツ部 部長 松本ゆりさん
まずは、4月から堺市文化観光局スポーツ部 部長に就任された松本ゆりさんとのお話です。堺市は「堺市スポーツ推進プラン」を策定し、堺市民の生涯にわたる多彩なスポーティブライフの実現を目指しています。また、身近で行える地域スポーツ活動の充実を図り総合型地域スポーツクラブの育成を目指しています。堺市のスポーツ振興を支える大規模スポーツ施設が、くら寿司スタジアム、大浜体育館・大浜武道館、そして、堺市立サッカー・ナショナルトレーニングセンター(J-GREEN堺)です。
「なかなか堺市立サッカー・ナショナルトレーニングセンターと呼ばれることが少なく、多くの人がJ-GREEN堺と呼びますので、この素晴らしい施設を堺市立だと認識されている方は少ないかもしれませんね(笑)」
筆者も、この日本の最先端施設が「堺市立」であることを最近まで認識していませんでした。
堺市文化観光局スポーツ部 部長 松本ゆりさん
スポーツ観戦について話題が及ぶと、いきなり松本さんの言葉が弾みました。
「私が20代のときにJリーグが発足しました。当時、(セレッソ大阪の)森島社長が現役で出られていた(ヤンマースタジアム)長居によく行っていました。今日も家にセレッソ大阪のマスコットのロビーちゃんが置いてあるので連れてこようかと思ったのですが......(笑)」
松本さんが感じるセレッソ大阪堺レディースの魅力は若さ。2021年は先発メンバーの平均年齢が18歳未満になることもありました。
セレッソ大阪堺レディースの若さ爆発を実感した試合がありました。2021プレナスなでしこリーグ1部 第20節の伊賀FCくノ一三重戦です。松本さんは、この試合をスタンドから観戦しました。
「その勢い、若さ、元気いっぱいなのを感じることができて、すごく嬉しかったです。1位の伊賀FCくノ一三重が対戦相手でしたが、前半に百濃実結香選手が得点し、後半は田畑晴菜選手が得点。田畑選手の得点のところは何回もYouTubeで見直しました。百濃選手は気迫のあるプレーをするけれど、試合後のヒロインインタビューは、ちょこちょこっと出て来て照れながら可愛らしい笑顔で『大勢のサポーターのおかげで勝てて良かったです』と喋ります。見ていて涙が出そうになりましたね。かわいなぁと......。プレーしているときとのギャップも魅力だと思います。ますます応援したくなりました」
松本さんご自身は、あまりスポーツをプレーされてこなかったので、それほどスポーツに詳しいわけではないと謙遜します。
「野球、サッカー等をやってきた職員に、競技について色々と教えてもらいながら業務を進めています。でもミーハーという部分では、私は負けていないと思います(笑)」
松本さんは、プレーヤーだけではなく、観戦者や女性の視点を大切にしてスポーツ部の業務を進めていきたいそうです。スポーツは、するものであり、見るものでもある......その視点が、堺市のスポーツ文化に深みを加えてくれるはずです。
堺市にとってセレッソ大阪堺レディースは、どのような存在なのでしょうか。最後に、松本さんに質問してみました。
「コロナ収束後はできるだけたくさんの市民にJ-GREEN堺に来ていただいて、良い試合を見ていただきたいです。選手と交流できる教室も開催できたら良いと思います。堺市内の女の子たちがプレーを見て『私もやりたい』と思ってくれたら良いですね。セレッソ大阪堺レディースから世界で活躍する選手を輩出し、また、ここに戻ってきてもらって、その姿を市民に見てほしいです。これから国際大会を開催できるようになれば、ユネスコの世界遺産に登録された百舌鳥・古市古墳群と合わせて、スポーツツーリズムのような形で、国内外から堺にたくさんの方に訪れていただけたら嬉しいです」
J-GREEN堺には、セレッソ大阪堺レディースから世界に羽ばたいた宝田沙織選手、林穂之香選手を目標に、毎日ボールを追いかける有望な選手がたくさんいます。J-GREEN堺の広大な敷地が、再び市民らで埋まる日が戻ってくることを心から願うばかりです。
なでしこリーグにはなでしこリーグの役割がある
和田りつ子さん
関西のJリーグファンならば、和田りつ子さんを、知らない人は少ないと思います。和田さんは、アナウンサー、ピッチリポーター、それに、チームの応援番組のパーソナリティ等を務めてきました。現在は、京都府サッカー協会理事、審判インストラクターとしても活躍されています。そして、セレッソ大阪堺レディースのスタジアムMCを担当しています。
かつての和田さんは、アナウンサー、ピッチリポーターをやりながら、女子1級審判として全国各地の大会で笛を吹いていました。
「高倉麻子さん・なでしこジャパン(日本女子代表) 元監督に『邪魔だよ』って何回も押されたことがあります(笑)。高倉さんは中盤で、主審をやっている私の背中を巧く使ってこられるので「ごめんなさーい」と言ってボールを避けていました。でも、高倉さんの近くに立っていることが多いので、よくファウルを吹かせていただきましたけど(笑)」
ピッチサイドで試合後ヒロインインタビューをする和田りつ子さん
和田さんには忘れられない試合があります。プレナスチャレンジリーグ2014第22節です。翌年にスタートするなでしこリーグ2部に参入するために、どうしても勝利が必要だったセレッソ大阪堺レディースは福岡J・アンクラスと対戦しました。身体が出来上がっていない中学生・高校生でメンバーを編成していたセレッソ大阪堺レディースは、技術を封じ徹底したロングボールとヘディングを多用する福岡J・アンクラスに体格差で圧倒され、0-2で敗れてしまいます。
「判定に不満を言わず泣きもせず、一生懸命に立ち上がってボールを追いかけている選手の姿を見て『このチームにずっと関わっていきたい』という気持ちになりました」
和田さんは、翌年からセレッソ大阪堺レディースのスタジアムMCを始めます。
ピッチ上、ピッチサイド、スタンドから膨大な数の試合を見てきた和田さんは、セレッソ大阪堺レディースのサッカーを「ちょっと届きそうで届かない」存在だと言います。
「セレッソ大阪堺レディースの試合は、子どもたちにとてもわかりやすいと思います。試合を見るととても勉強になると思います。『ちょっと届きそうで届かない試合』がなでしこリーグの良さだと私は感じています......が、本当は、選手たちの基礎技術がめちゃめちゃ高いので、巧すぎて『届きそうで全然届かない』ですけどね(笑)」
2021年はセレッソ大阪堺レディースにとって大きな節目の年でした。WEリーグのスタートが発表されると、多くの有力選手がセレッソ大阪堺レディースからWEリーグ参入クラブへ移籍したのです。
「なでしこリーグにはなでしこリーグの役割があると思います。そして実は『なでしこリーグにここまでできる力がある』と、すでに示せていると思います。例えば浜野まいか選手がシーズン途中にINAC神戸レオネッサに移籍し、WEリーグ開幕戦で2得点を記録しました。セレッソ大阪堺レディースの選手たちには『浜野まいかちゃんができるなら私にもできる』という自信が、きっと生まれたと思います。ですから、日本の女子サッカーのトップを牽引している意識を、なでしこリーグの選手全員に持ってもらいたいと思います。なでしこリーグも少女たちの憧れのリーグであってほしいと思います」
WEリーグを見れば、逆になでしこリーグの価値が解る......若く優秀な選手を多く輩出するセレッソ大阪堺レディースは、WEリーグに選手を送り込みながら、次の歴史の第一歩を歩み始めたのだと思います。
今回はセレッソ大阪堺レディースのホームタウン・大阪府堺市の皆さんを訪ねました。
Text by 石井和裕