連載コラム

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2022年07月28日

未来へ走るなでしこリーガー 第8回 浦島里紗(オルカ鴨川FC・MF)

1989年、JLSL(日本女子サッカーリーグ)は女子サッカーの国内トップリーグとしてスタートし、「L・リーグ」、2004年から「なでしこリーグ」と名称を変えて歴史を刻んできた。なでしこの原点ともいえる高い競技力や、時にはフルタイムでの仕事や、家庭、学業を両立しながらサッカーを続けるひたむきさを探る「未来へ走るなでしこリーガー」第8回は、クラブの多くの選手が「亀田総合病院」で働くオルカ鴨川FCのキャプテン、MF・浦島里紗(27)。「新型コロナウイルス」とも向き合う医療従事者として、サッカー選手として、緊張感の高い仕事を両立する難しさにどう取り組んでいるのか。

(連載担当・スポーツライター増島みどり・敬称略)

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ーサッカーボールと'検体'に向き合う日々ー

オルカ鴨川FCのキャプテン、浦島里紗がこの2年間大切に守って来たのは、もちろんサッカーの競技規則だった。ただもうひとつ、浦島やオルカの選手たちが懸命に守り続けたルールがある。地域の医療を支える亀田総合病院に勤務する「医療従事者」としての、厳格な新型コロナ感染予防策だ。簡単な生活ではなかったはずだ。

2020年、新型コロナウイルスとの戦いが始まって以降、チーム内での会食がようやく認められたのは今年6月になってからだった。会食に関するルールが一般社会では緩和されている途中の段階でも、オルカでは各自、手配してもらった弁当を自宅に持ち帰って個食するスタイルを続けて来たという。そして今、過去にもない感染拡大によって、再び個食に戻ってしまった。

屋外での運動中はマスクを外せると奨励されても、着用のままトレーニングをする。練習が終わって着替える際も、プレハブハウス内に入る人数は制限されているため、キャプテンはたとえ1人でもそれを超えないため、ピッチでのボールの行方を見つめるのと同じように注意深く、目配りを欠かさなかった。

浦島は「私がキャプテンとしてリーダーシップを取るというよりも、病院に絶対にウイルスを持ち込んではいけない、とみんながそれぞれ医療従事者としての自覚を持って頑張ってくれた結果だと感謝しています」と、チーム関係者の感染が1人にとどまった結果に安堵する。

オルカFCの選手の多くが、亀田総合病院に勤務しながらサッカーを続ける。同病院は、新型コロナウイルスの姿がまだ全く解明されていない20年1月、中国・武漢から帰国した日本人170人の検査や健康チェック、感染予防対策、陽性者の隔離入院といった、困難な初期対応を全国に先駆けて担い、世界的にも高い評価を受けた。

地域のホテルに隔離された帰国者への風評や、地元の不安を広げないために、啓もう活動も積極的に行っており、オルカの選手たちはサッカー選手、医療従事者として地域と人々をつなぐ役割を全うしようと懸命に努力してきたのだろう。

浦島が勤務するのは、臨床検査部。「人と話すのが苦手で・・・」と、配属先には患者さんと対面する仕事ではなく、パソコンなどを使った業務を希望した。実際に配属された「臨床検査部」は、検査のために採取した血液や尿を入れる「スピッツ」と呼ばれる小さな試験管を、遠心分離機にかける行程まで担当する専門的な部門だ。
 「患者さんお1人、お1人の大事な検体ですから、間違いは許されませんよね。特にコロナ禍での緊張感は高かったと思います」

検査部門に務めて6年になる中堅として、手際よく仕事を進める様子が目に浮かぶ。仕事が終わるのは15時。今度は別の緊張感を味わう場、トレーニングに気持ちを切り替え走り出す。

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ー野田監督が浸透させる'オールアウト'の取り組みー

練習は、16時でも、16時半でもなく、16時15分にスタートする。今季から、始まった試みだ。野田朱美監督が就任する前は16時30分開始だった練習が、わずかに15分とはいえ、繰り上がったのには理由がある。病院勤務の時間はそれぞれが異なるため、ランニング、ストレッチといったウォーミングアップは個人で行って集合していた。

監督は練習を15分早め、全員でウォーミングアップをするスタイルに変えた。チームに6年在籍する浦島も、これを「新鮮な変化だった」と大歓迎する。

「練習のはじめに、たとえストレッチでも全員で行うのと、個人で終えるのでは大きな違いがありました。ウォーミングアップからみんな積極的になった。わずか15分の違いに価値があるんだと分かりました」

野田監督は練習時間にも変化を加えた。16時15分に始まり、18時には全てを終える。実質1時間半の練習に全てを凝縮し、居残りや個人のシュート練習はできる限りしない方針だ。監督はこうした取り組みを「ALL OUT」(オールアウト)と呼ぶ。

トレーニングの専門用語では、生理学的に運動の継続ができない限界を指すが、監督は「力を全て出し切って練習を終える」状態を選手に求めている。

「監督からは、1時間半の練習をぎゅっと凝縮して終えるように求められています。こうしたトレーニングの成果で、自分は、オン、オフの切り替えがとてもスムーズにできるようになりました。短い分、以前よりも強度がありますが、練習を早く終えられるのでケアや休養が十分に取れて充実している」

オルカは、夏季中断の現在、勝ち点26で4位。中でも失点はわずか8点と、首位の伊賀FCと並んでいる。持ち味の粘り強い守備で無失点に抑え、ゴールのチャンスを確実にものにして上位と勝負する。後半戦での巻き返しに、こうした戦い方をチーム全体で徹底していきたいとキャプテンは話す。

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ーサポーターが恋しかったー

臨床検査部の上司や同僚は、試合だけではなく熱心に練習にも足を運んで応援してくれるという。オルカに在籍して6年目で味わったコロナ禍は、改めて自分たちが地元でどれだけ応援され、近くで見守られているかを実感する機会となった。無観客での試合、練習で、「サポーターがいないのが本当に寂しかった」と振り返る。

病院に勤務する選手たちは、浦島が所属する臨床検査部のほかに、事務職や院内で患者をサポートするエスコート、また病棟で入院する患者の生活を支える者もいる。

こうした両立ではなく、プロであるWEリーグに参戦し、サッカーに集中してみたいとの希望もある。ただ、自分ひとりがプロになるのではなく、「全員で上を目指したい」と言葉に力を込めた。

サッカー界が定める感染予防対策よりもはるかに厳しい行動制限を守りながらコロナと戦い、ピッチを全力で走る。オルカの選手たちのその姿は、地域を勇気付ける。

「副キャプテンを置かない形も初めてなので、最初はキャプテンとして、ちゃんとまとめなきゃ、みんなの前でうまく話さなきゃと特別に構えているところもありました。今では、みんなに甘えながら、補ってもらいながらやっています。人と話すのが苦手なんで・・・」

浦島はまたそう言ってシャイな笑顔を浮かべた。

浦島里紗 プロフィール
1994年10月14日生まれ 神奈川県出身 ポジションMF
2017年よりオルカ鴨川FC所属
リーグ戦初出場:2017年4月2日 22歳170日

写真提供=オルカ鴨川FC(上)/J.LEAGUE(中・下)

オルカ鴨川FCチームURL=http://www.nadeshikoleague.jp/club/orca/

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