連載コラム

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2023年02月07日

未来へ走るなでしこリーガー 第21回 山内恵美(審判員)

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▲ 2022年プレナスなでしこリーグ2部 第10節 大和S vs 三重

―息子を応援していたサッカー未経験のお母さんが、女子1級審判員になった理由―

子育てに懸命だった山内恵美(39=女子一級審判員)は、息子たちが通うサッカー少年団が、彼らの夢を叶えるてくれる場所だと信じていた。だから、仕事が忙しくて時間に余裕がなくても、どんなに辛い時でも、サッカーに出かける子供たちといつも笑顔でグラウンドに通えた。

高校時代には柔道で全国大会に出場するほどのスポーツウーマンだが、サッカーは全く分からない。
そもそも、屋内競技しか知らないので、屋外で、しかも沖縄の強烈な日差しを浴びてまでスポーツをする環境にはどうしても馴染めない。そこで、大型免税百貨店で大手化粧品会社の美容部員として働いたキャリアを活かし、1にも2にも日焼け対策を講じ、子どもたち、コーチや審判役を務めるお父さんたちの飲み物や軽食を準備するサポートに徹した。長男が小学4年に上がった頃、ポツンとつぶやいた。

「みんなは、お父さんがコーチやってくれたり、審判を手伝っているのに、僕にはお父さんがいないから・・・サッカー行くの、なんかもうつまんなくなっちゃった」

息子を、スタンドから全力で応援していると思っていたのに、本当は応援よりも、父親と一緒にサッカーをしたくて寂しい思いをしていたなんて。初めて知らされた息子の思いに、どうすればいいのか考えるより早く、母は宣言した。

「だったら、お母さんが審判をやる。サッカーを教えるのは無理かもしれないけれど、一生懸命勉強して審判をやるから、一緒にサッカーを続けようね」

だったら・・・の後は、「練習相手になるからボールを蹴る」とか、「ビデオを回してアドバイスできるようになる」とか、スタンド側にいても見つかりそうなものだが、お母さんは「審判をやります!」と、スタンドからピッチに向かって勢いよく階段を駆け降りた。

このわずか数メートルの移動が後に、息子の夢だけではなく、自分の夢をも大きく育む距離になるとは、この時、本人には知る由もなかった。

―初めて触れたサッカーの精神に感銘し、審判を志す―

これが、女子1級審判誕生の「序章」である。
ここから物語りは急ピッチで展開する。

先ずは、サッカーのルール、競技規則を学ぼうと本を手に取る。この時の感動は今でもはっきり覚えているという。競技規則の冒頭には、理念と精神が書かれている。
 「サッカーは、世界最高のスポーツで、競技規則は、小さな村で行われる子供たちの試合からFIFAワールドカップの決勝戦まで、全てのサッカーにとって同じである」
最初の文章に熱い思いがこみ上げた。

「小さな村からワールドカップ決勝というその大きさに、いっぺんで魅了されました。理念や精神を読み終えて、サッカーってなんて美しいものなんだろう、と世界が開けた気がしたんです。当時は、一人で子どもたちを育てるのに精一杯で自分に自信が持てなかったんですね。でも、副審から始め、少しずつ機会を頂けるようになり、子どもたちも応援してくれて一緒に成長できた。1人親で必死だった私に、サッカーは自信を与えてくれました」
そう振り返る。

仕事をしながら様々な勉強会に参加し、自ら教えを受けに積極的に出かけていった。男性ばかりの世界で、女性が前面で活躍する姿を、快くは思ない風潮ももちろんあっただろう。反対に、お母さんの輪を飛び出したのも、未経験のサッカーに取り組むのと同じくらい、勇気が必要だったはずだ。
しかし、一度はサッカーを辞めようと口にした長男、二男は、母親が自分たちのために陰で努力を続ける様子を見ていた。さらにレベルの高いジャッジを目指して勉強会や遠征で家を留守にしても不満など一切漏らさず、ミスを指摘され落ち込んでいる姿を目撃しても、審判である母親を友人たちに精一杯自慢してくれた。

大きな転機は、九州全地域で行われた九州女子強化審判員研修だった。すでに30歳を超えていたが、温かく迎えられ、貴重な学びの機会を得て、さらに上を目指そうと決めたという。高校総体をはじめ、沖縄だけではなく九州全域で吹くようになる。
「試合を吹き終えると、選手の頑張っている姿に感動とエネルギーをいっぱいもらって、さぁ明日も頑張ろう、と沖縄に帰るんです。何だか愛おしくなります」

2人の子どもはサッカーを続け、母親は審判の資格を1歩、1歩進めて行った。そして21年、女子1級審判の資格を取得。なでしこリーグで主審も担当する

―控室に涙で謝罪に来たなでしこリーガー 審判が見るリーグの魅力―

なでしこリーグを担当するようになり、その独特な雰囲気に「なでしこの選手たちの姿はとても素敵だと思う」と、山内は話す。地域密着がベースにあり、サポーターの選手に対する愛情、選手がそれに何とか応えようとする懸命さを、試合を通して近くで実感するからだ。
技術レベルが高いため、時には審判の力量を試すように、主審との距離を詰めて、距離感を取るのが上手いのかどうか、反応を見定めるプレーをしてくるとも指摘する。そのため、時には感情的になり審判に強い抗議をしてしまうケースも発生する。そんななか、忘れられないシーンがある。

試合中に、ジャッジに強く反論し、審判に対してきつい言葉をぶつけた選手がいた。試合を終え、審判控室を出ようとした時、その選手が外で待っていた。すると涙を流して「試合中は本当にすみませんでした。あんなことを言ってしまい反省しています」と謝罪をした。
「彼女も私と同じように、試合に一生懸命なんだな、と、むしろ清々しい思いがしました。リーグでレッドカードは出していませんが、選手にはフェアに戦えるように、先に声をかけて、審判として良いマネジメントができるよう、選手には自分の思いを伝える努力をしています」

以前、二男が出場した大会で主審を担当した。多くの試合が行われているなか、二男は母親が吹く試合を探し、見ていたようだ。帰宅した時、「まぁ、良かったんじゃない?」と笑顔で合格点をくれた。
長男は、審判に必要な要素を盛り込んだトレーニングメニューを組んでくれる「厳しいコーチです」と、山内は笑う。

「サッカーのお陰で、一歩を踏み出す勇気をもらえました」と、自らの経験をもとに、市役所では1人親と子どもを支援する相談役を務め、最近では、医療にアクセスしづらい人々の在宅診療をサポートする仕事もこなす。23年は、なでしこリーグに加え、プロのWEリーグで試合を担当してみたいと願っている。

息子さんとの写真①.jpg

▲ 息子さんとの写真

山内恵美 プロフィール
沖縄県出身 JFA登録女子1級審判員
2013年4月に審判資格(4級)を取得して審判活動を始め、
2021年1月に女子1級へ昇級。

なでしこリーグ主審 初担当
2021年4月18日 なでしこリーグ2部 福岡AN - NORD

(連載担当 スポーツライター増島みどり)

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